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2015年4月13日月曜日

アフリカ教育研究フォーラム「最優秀研究発表賞」

4月10日~4月11日に開催された、第15回アフリカ教育研究フォーラムにて、
ザンビア特別教育研究プログラム修了生の中里春菜さんが「最優秀研究発表賞」を受賞しました。


中里さんは2008年4月から2012年3月までザンビア特別教育プログラムに参加し、修了後は博士課程後期に進学、現在は研究員として広島大学大学院国際協力研究科にて、研究活動に従事されています。


中里春菜さんは、「この度、最優秀発表賞を受賞し、大変うれしく思います。また、受賞記念品として一般市場では手に入らない、プレミアム焼酎を頂きました。ご指導頂いた池田秀雄先生をはじめ多くの先生方、調査に協力して頂いたザンビア教育関係者、そして実行委員の皆様に感謝しています。この賞を励みに、研究に精進していきたいと考えています。」と感謝の意と今後の意気込みを話していました。


ザンビア特別教育プログラムHP: http://home.hiroshima-u.ac.jp/zamproba/

2014年3月26日水曜日

帰国のための戦い


ザンビアでのフィールドワークを終え、314日に無事帰国!っと思いきや、帰国できなくなる事態に…

ルサカ空港を出たと思いきや、1時間ほどして飛行機がルサカに引き返しますとのアナウンス。機体の不備で高度を上げられないのが原因とのこと。夜中に空港に戻され、300人の乗客は再びイミグレでハンコをもらい荷物を回収。300人の乗客に対して対応している航空会社の職員は一人!

しかも一人一人の名前を読み上げて、何かをメモして、ホテルを割り当てて…気の遠くなるような作業…読み上げた名前もよく聞こえないし、乗客はそれぞれ効率のいい案を提案したり勝手に手伝い出したりと正にカオス…

21:40のフライトが引き返し、乗客全員をさばききった時には次の日の朝5:00を迎えていました。

なんとか事態が収まったかと思いきや、そんなことはなく、「新しい機体がくるから待ってください」と言われ続け丸2日ホテルに監禁。ザンビアでよく聞く「Now now」。全く信用できない言葉ですね。Nowってのが結局気休めでしかないのはこの場合も同じでした。2日待っても事態が変わる気配がなく、耐えられない乗客たちが「さっさと帰して」とクレームが殺到。そしたら、急に「機体の修理が完了したから皆さんそれに乗って飛んでください。」と。まるでクレームを解消するために修理が完了したことにしてしまったんじゃないかというようなタイミング。そんな機体は恐ろしくって乗れないと搭乗拒否をすると「100% safe!」と豪語。だから安心して乗ってと。今まで新しい機体が来るから来るからと言われ続け、結局新しい機体が来なかったこの人たちの言葉を誰が信じられる??

しかも、100%と言われれば更に怪しく感じる。

そんな中、そんな怪しい機体には乗れないと搭乗拒否した私は更に丸2日帰国が遅れると言われ、そんなのは嫌だから通常便に乗せてくれといい、通常便にはもう席がないと断られ…当日キャンセルがあるかもしれないじゃないかと引き下がらず、最後のギリギリまで粘り続け、スタッフを追いかけて付きまとい続け、最後にようやく通常便に押し込んでもらえることに。ふー。勝ち取った!

結局はビジネスとかには空きがあるんですよね。といっても、私がビジネスに乗れたわけではないですが、ステータスの高い他のお客さんをビジネスに移し、私はエコノミーで何とかその日にドバイまでたどり着くことができました。

2か月間のフィールドワークをザンビアで滞在したのですが、この帰国のための戦いが強烈過ぎてザンビアの記憶がこの3日間に埋め尽くされてしまったような感覚です。

まあ、何と言っても、無事に帰国することができて一安心しているところです。

2014年2月1日土曜日

4度目のザンビア

HARUNA再びザンビアに参りました。

これで4度目のザンビアですが、今回は初めての地Solweziにやってきました。ここに3月中旬まで滞在し、学校の先生に密着します。しつこく笑
今週から学校を訪問して回っており、いろんな先生の理科の授業を見せてもらっています。ザンビアは1月が学年の始まりで、一番忙しい時期です。子どもを学校に入れてもらいたい親たちでごったがえしてます。そして、今年から新しいシラバスが導入され、先生たちもドタバタです。そんな中、やっぱりWelcome精神が素晴らしいザンビアの人たちは暖かく私を迎えてくれます。そんな彼ら彼女らの対応に本当に感謝です。


写真は、見せてもらった授業の一場面です。実験をしているところです。火を使っているのにその扱いの乱雑さに私はヒヤヒヤしながら見てましたが、先生も生徒もあまり気にかけていません。というのも、彼らにとって火の扱いは日常に行っていて、はっきり言って私よりも経験としてよく分かっているんです。今はザンビアは雨季で、よく停電になります。そんな時は炭を使って火をおこしますし、ろうそくを使って灯りにします。私は、炭に火を起こすのがへたくそで、ザンビアの人に起こしてもらいます。上手に火を起こすんです。そんな彼らに私が火の扱いを口出せないななんて考えたりしながら見てました。



実は私は今、同じ研究室からザンビアプログラムで派遣されている「のんちゃん」と同じところに住んでいます。この前、二人とも火が起こせずにザンビア人の友人に火を起こしてもらって夕飯が作れました。そして今週末、彼女が配属先の学校でワークショップを開催します。その報告も楽しみにしていてください~

2013年11月11日月曜日

ザンビアからの研修生と「シマ」パーティ!


こんにちは。Harunaです。

理科教育の研修のため、ただいま(10月現在)ザンビアのBig peopleが広島に来ています。ちなみにBig peopleとは、省庁関係者の上のポジションにいる人たちのことを言っています。もちろん体もビックです!

なんせ環境の全く異なる日本の地に1カ月も滞在するのは彼らにとってそう簡単ではありません。文化も言葉も食習慣も何もかも違いますから。

そこで我が家に招いて、ザンビアの食事を振る舞いましました。ザンビアではトウモロコシの粉で作った「シマ」というものを主食としています。通常、シマにチキンかビーフ、魚と緑の野菜で食べます。

ここ西条でも輸入ショップでトウモロコシの粉が手に入ります。チキンの煮込みはルワンダ人の友人に作ってもらいました。野菜はキャベツの炒め物と小松菜の炒め物。トマトでソースを作って完成です。あっという間に間食しました!

折角なので日本の料理も楽しんでほしいと思い、てんぷらを振る舞いました。たっぷりと塩をかけて楽しんでました。
 
余談ですが、うちのマンションには、定員9名のエレベーターがあります。ザンビアからのBig peopleだったら何人乗れたと思いますか?

驚き…3名でブザーが鳴るほどの巨体でした。
 
 
ちょうどこの時期日本は紅葉の美しい季節です。葉の色が徐々に変化するといった現象のないザンビアですので、日本の紅葉の美しさを絶賛していました。

日本イコール技術大国といったイメージが浸透しているザンビアの人びとに日本の自然の美しさを味わってもらえたことは、とてもうれしく思いました。

2012年9月26日水曜日

Research Dissemination Seminar

 823日にザンビア大学にてResearch Dissemination Seminarが開催されました。これは6年前からザンビアプログラムとして毎年行っている研究発表会です。今年は、私中里と、現在派遣中の山中が発表しました。この他に青年海外協力隊でザンビアに理数科教師として派遣されている方2名も発表されました。また、毎年この時期にIDECから先生がザンビアへ出張し、研究相談や講義を行いますが、今年は池田先生がザンビアへ来られました。因みに私はこの時期に調査でザンビアに入っていたためこうしてブログを書いています。

 セミナーではザンビア大学の講師の方や修士課程の学生の方、教育省の方も発表をされました。これは、国を超えてザンビアの教育発展を願う人々がお互いに情報共有し議論する場としてとても有意義なものだと思います。

 一方で、実はこの準備段階は結構大変な行程で、今回の実行委員たちはこの日のために汗水流し、今か今かと待ち望んでいました。そして当日、無事に会が進行されたので、この日の夜は全身が解放された気分で乾杯しました。

2012年8月24日金曜日

里帰り


 ザンプロで去年の1月まで派遣されていました中里です。今年の4月に博士課程後期に進学し、この夏に現地調査でザンビアに来ております。

 今回はザンビアの中央州にあるカピリムポシという町で調査を行っています。学校を訪問し、理科の先生たちへ何を困難だと感じているのかと言ったインタビューを行ってきました。

 先生たちがどんなことを考え思っているのかという話が聞けて、とても楽しく調査しています。面白いことのもう一つは、私が2年間滞在していた時には訪れたことのない学校にも足を運ぶので、今まで知らなかったいろんなことをまた改めて吸収しております。

 写真は、去年建てられた学校です。一面Bushの中に突如コンクリートの建物が現れとっても不思議な感じでした。この学校が建てられたおかげで2時間以上かけて学校へ通っていた子どもたちが数分で学校へアクセスできるようになったそうです。

私自身はここへ辿り着くのにとっても大変でしたが…

2011年9月15日木曜日

研究の話

こんにちは。
IDECで理科教育講座に所属している中里春菜と申します。

私はザンビアプログラムの一員として2009年から2011年までの2年間ザンビアにて理科を教えて来ました。本日は現在行っている研究について少しお話ししようと思います。

ザンビアでは、日本でいう中学23年生に「身の回りの理科」、高校生に「物理」の授業を行ってきました。教科書の内容は大半で日本のその学年に習うものと同じです。他方、ザンビアに限らず多くのアフリカ諸国で理数科能力の低さが問題視されており、それを伸ばすためのプロジェクトがよく入っています。まず初めに、私はザンビアと日本の理科教育でどんな違いがあるのだろうということに興味を抱きました。
もちろん、様々な違いがありました。まず、教室環境が違います。ひとクラス当たりの人数、教科書所持率、実験器具の有無などは明らかでした。また、教師の知識不足や教師中心の授業スタイルなども問題視されています。こういった様々な課題がある中で私が注目したのは生徒の基礎能力欠如でした。

教師は授業を計画する際に、生徒の反応を予想しながら進めていきます。その時にどこで生徒がつまづくかという点で、日本の同学年の学生とザンビアの学生では大きく異なります。と言うのは、ザンビアでは中学生・高校生の時点で身に付いているべき基礎能力が定着していないために、簡単な計算、文章理解というところでつまづき、その先のレベルを議論するに至りません。計算を間違える例を次に2つ挙げます。

1、分数が引き算に...
 クリックで挿入
2、分数の計算で、数値の大きい方から小さい方を割る(この間違いは分数を習い始めたころなら、よくあるでしょうが、この例は中学校2年生の解答です)
 クリックで挿入
私は、この状態に対し、緊急で対処していく必要があると思っています。既にそれを習得するべき学年を過ぎているにもかかわらず、それが身に付いていない。そして、それが壁となって先の内容を理解できない。理解できないまま上の学年に上がる。といった悪循環が形成されています。つまり、今の学年にいながらにして、基礎能力を身につけ、さらにその学年で習うべきことが理解できるような方法はないかと考えました。私の研究では、高校生を対象に調査をしました。結論としては、基礎能力欠如は練習量が圧倒的に足りていないゆえであり、それに対して有効となるのは、一つのことをパッパッと教えていくのではなくいくつかの段階に細分化してスモールステップで教えていくこと。また、ドリル問題などで繰り返し練習することです。実際にこの方法を試したところ、彼らの正答率は大きく伸びました。今は、この方法を現場の先生方に受け入れてもらうためにはどうしたらいいかということを考えています。

研究したことが今後のザンビアの教育に少しでも貢献できたらという思いで、現在、来年3月卒業に向けて修士論文を書いています。

以上、「研究のはなし」でした。
それでは、長々と失礼しました。

2011年1月15日土曜日

怖い、怖い-中里さんからのお便り-

池田研の中里です。2年間のザンビア生活もあと残すところ2日となった今日大晦日(注)です。
2年間を振り返ると言っても何を書いたらいいのか…

そこで「噂って恐ろしい!」と感じたエピソードをひとつお話ししたいと思います。

実はついこの間の事なのですが…

私は何人かの友人たちに見送られて私の任地を引き上げてきました。
しかし、荷作りにあまりにも時間がかかってしまい街の人たちに別れのあいさつをせずに町を出ることとなりました。

これが心に引っかかっていたので、その2日後に再び任地に戻ることにしました。

マーケットなどを回りながら挨拶をして歩いていると、偶然見送りに来てくれた女性たちに遭遇しました。もちろん驚いて、どうしたのか尋ねられました。
私は「別れを言い損なった人たちに挨拶をしに戻ってきたんだー」といい、和やかに彼女たちと別れて行きました。
その後、そんな会話をきっかけになんとも驚く展開を見せることになりました。

まず彼女たちは家に着くと、私と会ったことをネタに近所の人たちと話をしました。
ところが、その時話を面白くしようとしたのか、「春菜がボーイフレンドに別れを言うためにまた戻ってきたのよ」と話しました。

一方私は何人かの人と待ち合わせをして挨拶をして過ごしていました。
そんなとき、ちょうどその噂を聞いた女性が、私と彼女の旦那さんが一緒にいる現場を目撃したのです。

もちろん私たちにそんな関係はありません。しかし、その噂と目撃のタイミングで、彼女は旦那さんが私と浮気してると確信してしまったようです。

その夜、その旦那さんから電話が来て大変なことになったとの報告を受けました。
衝撃の報告でしたが、全く事実無根だったので、まぁすぐに誤解は解けるだろうと予想し、私は全く介入しないようにしようと決めました。

その次の日、私は朝5時、電話で起こされました。
何とその相手は、その人の奥さん。ヒステリック気味で、事実を話してちょうだいっと迫られました。
旦那は真実を語ってくれないとも言ってました。
私は、私たちの間にはそんな関係は一切なかった事を伝えましたが、彼女は嘘をつかないでの一点張り。。。


いやー。こんな大変なことになるとは思っていませんでした。そして、噂話ってなんて怖いんだろうと実感した体験でした。

(注:中里さんたちは1月5日本日に帰国しました)

2010年4月22日木曜日

キャリアズデイ



先月、私の配属先では、キャリアズデイということで、将来なりたい職業の恰好で学校に登校するというイベントがありました。

まだまだ可愛い中学生たちが、化粧をしてサングラスをして、女の子たちはセクシーな格好だったり、男の子たちはお父さんから借りたスーツでバッチリと決めてやって来て、中学生にはとても思えないほど、ませていました。

いや、それにしても、ここの人たちは、ポーズを決めたりするのを全く恥ずかしがらないから、写真を撮っている私の方が恥ずかしくなってました。

2010年3月18日木曜日

ザンビアのお葬式

この2月はザンビアに来て以来のお葬式続きの日々でした。

人が死ぬってどういう事なんだろうってフレーズがずーと頭の中をぐるぐる回っていました。

ザンビアのお葬式はたいてい3日間です。
その人が亡くなったそのすぐ後から始まります。

故人の家の中のソファーなどの大きな家具を外に出し、男性は外、女性は部屋の中に入り、悲しみを共有します。その間、知り合いや親せきがその家に集まり悲しみを分かち合い、慰め合います。ザンビア人女性は本当に大きな声で泣きます。

実は、ザンビアに来て当初、ある先生のお兄さんが亡くなったということでお葬式に参加しましたが、その時周りの人が大声で泣いているのに驚いて、自分はあまり悲しい気持ちになれませんでした。

しかし、今は人々のこの行動の意味がわかります。

今年2月に入り、4人の知り合いが立て続けに亡くなり、私はその事実を受け入れるのが難しく、どうして亡くなったのか、そうしてこんなに悲しいことが頻繁に起こるのかと自問自答し、とても気が滅入りました。

そんなとき、お葬式の行われている家へ行き、部屋の中で他の悲しんでる人と、人目を気にすることなく涙を流せる、悲しみを表に出すことができるという環境にとても救われました。

私自身は大声を出しませんでしたが、周りの人が大きな声で故人の名前呼びながら泣いていると、自分だけじゃなくみんなが悲しんでるんだと言うのが伝わり、自分の気持ちも落ち着くのがわかりました。

親戚たちの集まった3日目にみんなでお墓へ行き棺を埋葬します。亡くなってから埋葬までの2夜、故人の教会の仲間たちが途切れることなく歌を歌い続けます。女性たちは葬式に集まった何十人もの人たちのために料理を作り続けます。男性は火を焚き続けます。特に故人に最も近かった人を慰めるために、なるべく多くの人が絶えることなく家に訪れます。これがザンビアのお葬式のスタイルです。

私はこの知り合いの死を通して日本との大きな違いに気付きました。

ザンビアに来る前の私のイメージは、人々は飢えや栄養失調、変な伝染病や病気で亡くなる人が多いんだろうというものでしたが、実際、お金がなくても食べ物は豊富にあります。栄養失調な子どもは見かけません。あまり、日本と変わらないじゃないかというのが印象でした。
しかし、大きな違いは医療の中にありました。日本では、死者に必ず死因があります。ここザンビアには死因を突き止めるだけの医療がありません。人々はなぜ亡くなったのかわからないのです。病気だという以外にありません。つまり、死因がわからないということはその前の時点で、治療法がわからないということになります。なぜなら何の病気かわからないのですから。つい1週間前まで元気だった人が亡くなってしまうのです。もしかしたらそんなに難しい病気ではなかったかもしれないのに、治療が適切に行えずに亡くなってしまうのです。

私の同僚の奥さんと、女性の同僚がこの2月に出産を行いました。二人とも、赤ちゃんは順調に成長していると言われていたのに、出産時の医療のミスでどちらの赤ちゃんも亡くなってしまいました。話を聞くとなんでそうなるの?!と悔しくなります。とても悲しいです。

日本では、頻繁に人が亡くならないのは高い医療技術のおかげなんです。日本にもザンビアと同じように病気はあるんです。でも、日本にはそれを診断し治療する技術があるのです。私、気づいてませんでした。そしてそれが決定的にここには不足しているんです。どうしたらいいんでしょう。

人が亡くなるのはとても悲しいです。神を信じてれは天国に行くのかもしれませんが、でも、この世で一緒に話をしたり、並んで歩いたりできないのは寂しすぎます。彼らはこんなにも神を信じ、慕っているのに、命を奪うなんてパニッシュメント以上です。

あぁ、どうにかこの状況を打開したいです。

2009年9月26日土曜日

プリフェクト(風紀委員)の話

こんにちは。
ザンビアに来てそろそろ9ヶ月になります。
タンザン鉄道の始点の駅があるカピリムポシで理科を教えている中里春菜といいます。

今日私の学校で面白いことがあったので皆さんにシェアしたいなと思います♪

ザンビアの学校には最高学年にプリフェクトと呼ばれる生徒たちがいます。
彼らの役目は、先生に代わって他の生徒の監視役を行うことです。
この役目につくということは、生徒にとって名誉なことです。

今日はそのプリフェクトを決めるミーティングがありました。
プリフェクトは200人くらいから20人ほど選ばれます。
手順は・・・
1.担任の先生が自分のクラスから何名か推薦します。
2.選ばれたものに意思確認をします。
  (ここで、なりたくないと言う者は降りることができます。また、なりたい者は先生に交渉しに来ます。)
3.大勢の先生たちの前で、プリフェクト候補者たちは1人づつ部屋に入ってきて名前とマニフェストを発表します。
4.彼らは先生たちの容赦ない質問に必死に答えます。
5.先生たちが1人1人合否を決定していきます。

今日行われたのは3~5でした。
生徒たちはとっっっても緊張してました。ほとんど泣きそうな子やぜんぜん声の出ない子もいました。
それもそうだと思います。なぜなら、先生たちは踏ん反り返るように座っており、彼らが前で一生懸命はなしてるのに自分たちで話をしていたりして、それでいて聞こえないからもっと大きな声で!と言ったり・・・
ひどいなと思いましたが、とても面白い行事でした。
生徒たちがとってもがんばっているのが伝わってきました。
これは、先生たちにとっても重要なことなのです。頼りがいのある子がプリフェクトになれば、自分たちもとっても助かります。できるプリフェクトのいるクラスはノイズメーカーたちが静かにしています。
彼らは先生たちの言うことを責任を持って遂行する役目なのです。

先生たちと生徒のやり取りを少し紹介します。

「プリフェクトになったら何に力を注ぎますか?」
→「学校がいつもきれいに保たれるようにします」(Keep Zambia cleanと言うスローガンがる)
「どうやって保ちますか?」
→「遅刻してきた生徒に掃き掃除をさせます」
「誰も遅刻しなかったらどうしますか?」
→「学校で英語以外の言葉を使った者に掃き掃除をさせます」
「みんなが英語をしゃべっていたらどうしますか?」
→「水曜日にみんなで放課後掃除をします」(水曜日の放課後は掃除の日と決まっている)
「金曜日はどうしますか?」
→「・・・」(泣きそう)


「なぜプリフェクトになりたいですか?」
→「パワーを持ちたいからです」
先生たち爆笑・・・この子は不合格


「君はとっても小柄だけど、体の大きい子もちゃんと注意できる?」
→「もっと大きい子に注意してもらうように頼みます」
先生たち爆笑。「周りに頼む子がいなかったらどうしますか?」
→「紙に名前を書いて先生のところに持って行きます」
再び笑い
→「僕は今までで一番小さい初めてのプリフェクトになりたいです!」
合格


この制度は日本にはないものだなと思いました。
そしてとてもいいシステムだと思いました。
なんというか、ザンビアにとても合っているなと。
生徒と先生が協力して学校の秩序を保っていこうとしてます。
プリフェクトになると赤いネクタイをつけることになります。普通の子は緑のネクタイです。
これはとっても名誉なことで、周りからも一目置かれる存在になります。
先生からも頼りにされます。
こうやって彼らは自身をつけていくと思いますし、大きく成長するでしょう。

長くなりましたが、以上。プリフェクト選考の話でした。